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Berlin Westhafen,責任,神を語る傲慢さについて

 ベルリンの街中には Westhafen という場所がある。Hafen (英: harbor) とは港の意味なのだが,街中でどうして港なのかと思っていたら,確かに港があった。私は乗り換えには時々使う駅だが降りて歩いたことがなかったので知らないだけであった。  Berlin Westhafen ここを知人と散歩した時に,最近読んだ共通の本の話をした。この本(*)が面白いので議論は多岐に渡ったが,特に 2 つの部分が心に残ったので記しておこう。 一つは表題にもある「きみたちには,起こってしまったことに責任はない。でもそれが,もう繰り返されないことには責任があるからね。」である。何か責任を考える時,その時生まれていなかった人には「個人的な」責任をとることはできないと思う。極論として先祖のしたことに責任をもてというものもあるが,それは無理と思う。逆に子孫に責任を転嫁することにもなりフェアとは思えない。これは戦争についての言葉であるが,戦争でも同じだと思う。(上記で私があえて「個人的な」というところにかっこをつけておいたのは,個人ではない場合にはこれにあてはまらない場合があるからである。) もう一つの部分は,米国の日本への原爆投下は,米国民を救うためということでそれを良しとすることに対する議論である。ここで私は一歩ひいて考えてみたことを知人と議論した。一歩ひいたというのは,戦争,特定の国を外して考えたことである。その場合,ある組織が,誰かを助けるために誰かを殺す権利があるか,という議論になる。ここで気がつくのは,人が誰を殺すかを選択できるという前提が断りなくあることである。この部分を私は恐しいと思った。たとえば私に誰かを殺す権利があるかを考えると,それはないと思う。「戦争」という文脈になると,それが突如自然にあることとされる。たとえば,戦争だから敵を殺すのは当然となる。この傲慢さはいったいいつどこで私の頭に入ってきたのだろうか。 私が好きな哲学者は「Handle so, daß die Maxime deines Willens jederzeit zugleich als Prinzip einer allgemeinen Gesetzgebung gelten könne.」と言う。私がこの言葉を本当に理解することは多分無理のような気もするが,それでもこ...

ハラリのコロナウイルスエピデミックに対するグローバル計画案

今から 3 週間ほど前になりますが,ハラリがコロナウイルスに関するグローバル計画案を出していました。今でもこの議論は有効に思いますので,その日本語訳を出しておきます。 ---- コロナ危機に一つの国だけで対応することは不可能です。私たちにはグローバルな計画が必要です。しかし,世界のリーダーたちはまだその議論を始めていないようです。何を待っているのでしょうか? たとえば,以下のような計画案はどうですか? グローバル計画 信頼できる「情報」を共有する。エピデミックを既に経験した国々は新しく経験しつつ国をコーチすべきである。 必須の医療器具,検査キットと呼吸器などを世界で協力して生産し分配する体制を整える。 患者が少ない国々は医者,看護師をより患者の多い国々に送リ助ける。これによって医者を送る方も受ける方も貴重な情報を入手できる。 グローバルな経済セーフティネットを構築し,最も大きく打撃を受けた国々や地域を助ける。 旅行者のプレスクリーニングに関するグローバルな協定を作成し,合意する。これにより世界に必要な旅行者が国境を越えられるようにする。 ハラリのコロナウイルスエピデミックに対するグローバル計画案の元記事 (20200319) https://twitter.com/harari_yuval/status/1240564051412910082

コロナウイルスの日本での増加量の異常に見える統計値に対する心配

コロナウイルスに関しては様々な記事や情報があります。既に感染の始まった今,一つの大事な点は,まず命を救うこと,つまり最終的な死者数をどれだけ減らせるかだと思います。ここであまりに急激に患者数が増えると社会にある病院では対応できず,医療システムが崩壊する危険性があります。その場合には助かる命が救えないことが頻繁に起こり,これをいかに食い止めるかが重要になります。 このために重要なデータが患者数の移りかわりです。いくつかのデータがありますが,John Hopkins の Data Repository   のデータを元にして解析した Aatish's Exponential/Logistic Curve-Fitting Site  があります。 これは毎日更新されていますが,これを見ていたら,日本のデータの異常なことに気がつきました。 まずは現在の感染者の数と,最近の週で増加した数のグラフです。日本は他の国々と比較して確認された感染者に対して新しくみつかる感染者の数がかなり少ないのです。(図 1 では日本のみが例外的に下まわっている。) 図 1: COVID-19 全感染者の数と,最近の週で増加した数 図 1 出展: minutephysics: How To Tell If We're Beating COVID-19  (いつコロナウイルスに勝利したかはどうしたらわかるのか) 感染者のみつかる割合が少ないのはいいじゃないか。と思うかもしれません。しかし,どの国も同じような傾向があるのは,基本的に同じ病気だからなはずです。国によっては町ごと封鎖してしまうような対策をとる中,日本が特に他の国に比べて強く移動の制限をしているとは聞いていないので,疑問に思います。またこのグラフは両対数グラフなので 3 目盛りが 100 倍になっています。日本の感染者の率が少しだけ違うのではありません。日本は他の国々に比べて数十倍の違いがあります。 次は感染の速度 (確認された患者数が 2 倍になる日数) を見たグラフです。誤差の範囲を考慮しても 10 日を越えているのは日本のみです。誤差範囲内で越えている国もありますが,それも日本を入れても数例で例外的です。この 2 つのグラフは毎日自動生成されるため,軸の範囲が違...

箱の中のピクサーの日本語ページ

箱の中のピクサーの日本語ページができました。まだ最初のほんの一部だけですが,今後内容が充実していけばいいなと思います。翻訳に参加してみたいなという方ご連絡ください。 https://ja.khanacademy.org/partner-content/pixar

ソニーのカメラ (α 5000) の 30 分のビデオ録画時間の制限を外す方法

私は Sony の Alpha 5000 を気にいって使っています。しかし一つだけ問題がありました。それはビデオの録画時間の制限が 30 分というものです。 今日,ちょっと気になって探したらこの制限を解除できることがわかりました。以下のビデオがその紹介です。 https://youtu.be/7cstA_PuRIg このビデオの作者によれば,ほとんどのソニーのカメラのビデオの制限はなくせるそうです。ただし私が試したのは,Alpha 5000 のみです。 手順 カメラ側 スイッチ On Menu -- Setup --- USB connection を MTP にする スイッチ Off and On USB ケーブルでカメラをコンピュータに接続する (以下接続したままにする) コンピュータ側でソフトのダウンロードとインストール (私は Windows 10 で試しました) 次の URL に行く https://sony-pmca.appspot.com/apps ただし,Internet Explorer か Safari のみサポートということでした。Chrome では上手くいきませんでした。私が試したのは Windows 10,Internet Explore 11 です。 注意事項: このサイトは Sony のサイトですが,ここにあるソフトウェアは Sony のものとは限らないので保証はありません。御自分でリスクを判断してご利用下さい。当方も何も責任を負えません。 上記の URL から,OpenMemories のページに移動する。 このページにある PMCADownloader plugin (PMCADownloader.msi) をダウンロードする PMCADownloader をインストールする 私はいちどここでページを閉じてもう一度 https://sony-pmca.appspot.com/apps を開き,OpenMemories のページに移動しました ここで log に Loading plugin Plugin loaded と表示されます。PMCADownloader の Install がされていない時には,``Plugin loaded'...

国民投票一般の問題点

世界中で国民投票が行われているが,かなり多くの場合に問題がある。それはたぶん人々が質問の意味を取り違えていることに起因するのではないかと思う。次の投票用紙はいわゆる Brexit で使われたものの私の日本語訳であるが,これを例にしてみよう。 図1: bexit の投票用紙の日本語訳 これを多くの人はこんな感じに見ているようだ。 図2: 多くの人が間違う質問の例 しかし,たぶん,少なくとも元々は次のような質問だったはずである。 図3: 元々意図されていた質問 国民投票は国の大事を決めるものである。その時に,何も考えずに,どう感じるかを聞いて国の大事を決めるのはちょっと問題がある。少なくとも調べて考えた結果を聞いているのでないと,まずいんじゃないかと思う。家庭でも何かを買うかどうかの決断をするとき,欲しいかどうか直感で感じるままに買っていけば立ち行かなくなる。そこでは誰かが,いや皆が未来を考えなくてはいけないのではないだろうか。つまり国民投票は皆が自分で考えられるような国でなければ上手くいかないだろう。 Yuval Noah Harari の本を読みながらそう考えた。