Skip to main content

Posts

Showing posts with the label Hasenschule

Hasenschule: A girl who invented a matrix.

行列を発明してしまった子 C は教えていてとても面白い子である.6ヶ月前にはいつも泣いていた一桁の足し算に苦労していた子である.しかし今は3桁の引き算もこなす. 今回,彼女が解いていた問題を図 1 に示す. Figure 1. The question. 私はこの答えが次の図 2のようなものだったらとてもうれしいと考えた. Figure 2. Expected answer 私が他の子を見ている間,彼女はどうやら集中して計算しているようだ.私はどうやっているのかと彼女の机に近付いて見たものは,なんということだ,行列だ!(図3). Figure 3. A matrix is invented. 私は彼女に,「ちょっと待った.これは自分で考えたの?」と聞いたら.「もちろん,どこか計算を間違ってる?」という答えであった. 私には計算はどうでもよかった.彼女が自分でこのように答えを並べたことに驚いたのである.問題の2つの数字の組はどちらも横に並べてあったものである.片方を縦にしてそして,全てに適用する演算子を一つだけ左上に書き,答えを表にして並べたのである. こう書くのはとても合理的である.図4にどれだけ無駄な繰り返しが図 2にあるのかを示した.まず,各数字は3回コピーされている.'+'と '=' の記号はそれぞれ9回コピーされている. Figure 4. Unnecessary duplications 彼女の書いた図3の上図を見ると,全ては '+' なのであるから'+'は一回だけ書かれている.これもすばらしい,下図には '-' が書かれている. この図3にはコピーされている数字は一つもない.必要最小限でかつ十分な情報が書かれている.人はコピーすると間違えるものであるから,このように書く方式が長い年月を経て洗練されてきた.Excel などのスプレットシートを使う人ならば,どうしてこのように書くのかご存知であろう.そしてそれが図 2よりもずっと便利であることもご存知であろう. 彼女はどこかでこれを見たのかもしれない.たとえそうでも私は彼女がこのように書く方法を自然に思って疑問なく書いたことにとても感激した.それで私は金のシー...

Hasenschule: Was bedeutet das? Bitte erklären das mir. What does it mean? Please explain me that. (3)

Case A. もう一つのケースは A 孃である.彼女は幾何を勉強していたが,たまたまそれをRechtschreibung の M 先生が教えていた.直線(Gerade)が交わる点(Schnittpunkt)はいくつあるかという問題である.図には交差点が強調されているのだが,A 孃はどうしてもわからないらしい.M 先生は私に A 孃を助けるように頼んだ. 私は毎回同様,「直線って何か説明して?(Bitte erklären mir was ist Gerade.)」と頼んだ.A 孃の答は,「直線は直線です.(Gerade ist Gerade.)」である.まあ,予想した通りではある.そこで私は尋ねた. 「学校で習った直線は終わりがありましたか?ずっと続いているとかいう話はありましたか?」「直線はずっと続いています.」なるほど.では彼女は直線と半直線と線分を習っているわけだ.次に,交差点(Schnittpunkt)というのは何かな? と尋ねると,しばらく考えた後に,知らないという答えであった.交差点というのはどういう意味か知らなければ,それに答えられるわけがない.実は私もSchnittpunkt というのが交差点という意味だとは知らなかったので,他の先生に尋ねた.さて,これで問題がわかった.そこで質問に戻ったら,何の問題もなかった.問題の図では線が途中で止まっているにもかかわらず,彼女は三本の直線の交差点が 0, 1, 2, 3 の場合を全て正しく分類した. 問題が何かわからないことは結構多い.彼女は家では英語とスペイン語を使っているらしい.問題の意味がわからないということを,自分でみつけられるようになって欲しい.と私は願っている.私はまた授業で,「この問題がどういう意味か説明してよ」と生徒さんに尋ねてまわるのである.私が問題の意味もわからないかわった数学の先生と思っている生徒さんもいるようだが,実はまったくその通りなのである. 何日か前,たまたま私の算数の授業に来たのが A 孃だけであった.彼女は他の先生に習っていたので,私は彼女の暦の計算をずっと横で見ていた.そこには,Schaltjahrという言葉があった.私は彼女に,Schaltjahr とは何かと尋ねた.それは上手く説明してもらえた.そこで次になぜ,Schaltjahr と言うのか,いっ...

Hasenschule: Was bedeutet das? Bitte erklären das mir. What does it mean? Please explain me that. (2)

Case S S 嬢はかけ算の問題を解いていた.黒パン一つが 2.9 ユーロなら,次の数量2,4, 6, 8 ではいくらでしょうか? という問題である.図 1 がその問題である. Figure 1. Case S. question. 彼女は最初のAnzahl (数量) 2 に正しく 5.8 ユーロと答えた.(ドイツあるいはヨーロッパのいくつかの国では小数点にカンマを使うが,本文ではピリオドを使う.) 私は,なるほどと思ったが,次の数 4 を計算するのに,彼女は 2.9 x 5.8を計算している.そこで私はなぜそうするのか尋ねた.(図2にその跡がある.) 彼女はそうするべきだと思っているらしいが,理由は彼女にもわからない.そこで私は,図 2 を書き,4つのパンを買う時には,4 x 2.9 を計算するように説明した. Figure 2. How to calculate the price? 彼女が最初にやったのは,私の図を修正することである.彼女はパンに影をつけ,よりリアルなパンを描いた. しかし次の問題,数量 6 でまたわからないという.私は不思議に思った.彼女はかけ算の概念をわかっていないのだろうか? 私は質問を普通の文で書くようにとお願いした.問題を正しく表現できるかをみるためである.しかし,それもどうもわからないらしい.私は例として,図2 にあるのだが,問題の意味は,「2.9 ユーロのパンを4つ買いたい,いくら支払うのか」と意味であるとした.彼女はそれはわかるのだが,しかしそれがなぜ今の問題と結びついているのかがわからないらしい. 問題にある言葉を一つづつ尋ねていった.「黒パン」は何か知っている.2.9 ユーロも問題ない.次に私は,「数量って何? (Was ist die Anzahl?)」と尋ねた.「知らない.(Ich weiss nicht.)」という答えである.なるほど,考えてみると私も良く知らない.そこで,「多分,いくつという意味だけれども,他の先生に尋ねてみよう」と他の先生に尋ねると,私の想像は正しかった.彼女は「ああ,いくつあるかという意味なの.(Wie viel Stück)」 その後,6個,8個の問題は彼女には簡単だった.何がわからないかをみつけるのはなかなか難しい.しかし,問題はこんなところにあるこ...

Hasenschule: Was bedeutet das? Bitte erklären das mir. What does it mean? Please explain me that. (1)

生徒さんが私に問題について尋ねると,私の答えはたいていこうである. ``Was bedeutet das? Bitte erklären das mir.'' 「それはどういう意味なのかな.説明してくれる?」 私は続ける. ``Mathe ist eine Sprache. Es gibt eine Bedeutung.'' 「数学は言葉の一つです.何か意味があります」 生徒さんに説明してとお願いすると,時には「生徒が教えるんじゃなくて,先生が教えるものだ」と答えることがある.なるほど.しかし私は実は説明することも学んで欲しいのである.それで,「それはどういう意味?」「それは本当なの?」「説明してよ」と尋ねるのである. 時には,「私が答えを教えてくれない」,「助けてくれない」と泣き出す生徒さんもいる.私は,「答えはそんなに重要ではないんだよ,この問題を解いてもらうのは,どうやったら学べるかを学んでもらう練習なんだ.君らにはいつか人類がこれまで直面してこなかった問題を解かねばならない時が来る.私はその時にどう考えるかを教えたい.私の助けがいらなくなるように勉強して欲しい.だから考えてみて」と思いつつ,私自身も新しい問題をどう解くのかを勉強している身なので,こう断言できるのか不安がある.そこで,「泣かなくても大丈夫,ゆっくり考えればきっとわかるよ.今日できなくても明日がある.答えが正しいかそんなに重要ではない.重要なのは理解したかどうかなんだ.」となだめている.ところでドイツ語では正しいがrichtig で重要が wichtig であり,私がこれを上手く言えないとおかしいらしい.(Richtig ist nicht so wichtig.) 5ヶ月前にはいつも泣いていた常に 5 の成績だった子が,今は成績 2 になったのがとても嬉しい.(ドイツでは日本とは逆で 1 が最高の成績で,5 が落第である.) 今回は,2つのお話を紹介する.

A pattern girl

D 嬢はちょっと騒がしい.時々自分でお話を作ってそれを大声で話している.さて問題はそれをどこでもすることである.とはいっても私はお話を作ることのできる人を尊敬しているので,あんまり静かにしなさいと言いたくない.でも他の子供が集中できないのは困る.それでなんとか問題に集中して欲しい. 先日の D 嬢は Zahlenhaus で足し算の練習をしていた.初級では足し算と引き算の関係を教えようというので,Zahlenhaus は以下のような計算がある.図 1には Zahlenhaus の例を示している. Zahlenhaus: 7 = 4 + 3 これを見て以下の計算をする. \begin{eqnarray*}  4 + 3 &=&  \\  3 + 4 &=&  \\  7 - 3 &=&  \\  7 - 4 &=&  \\ \end{eqnarray*} もう一つの例は, \begin{eqnarray*}  1 + 6 &=&  \\  6 + 1 &=&  \\  7 - 1 &=&  \\  7 - 6 &=&  \\ \end{eqnarray*} である.つまりこれによって加算は Commutative であること,簡単に言えば足し算をひっくり返しても同じ \(1 + 6 = 6 + 1\) であることを教え,引き算ではHaus を見ることで,片方を取ってしまうともう片方が残ることを教える.後半では以下のような問題になっている. \begin{eqnarray*}  \begin{array}[t]{cccc}   1 & + & 6 & = \\   6 & + & 1 & = \\   &   - &   & = \\   &   - & ...

Progress in three months

C 嬢は三ヶ月前には一桁の足し算を練習していた.一桁の足し算は良いとしても二桁になるとなかなか難しい.ところが次の週になると同じ問題を一瞥しただけで ``Geht's nicht (できない)'' と投げ出してしまうのだ.それが一ヶ月以上続いた.なかなか難しいなと思った. 私は「数学は言葉であり,人の意思の反映の一つである.というようなことは今はわからなくてもいいけど,でも,式には皆意味があるのだ.3+4はどういう意味なのだろうか.」というような話を毎回した.ある時は図を使って,ある時はブロックを使って話をした.彼女はそんなことよりも宿題の答を教えて欲しいと泣くこともあった.私は「答は重要じゃない.わかったかどうかが重要なのだ.」という話をした.しかし,まあ,彼女にはそれはどうでもいいことで,宿題をしていかないと明日が困るということだった.どうやらこの子の学校の先生は,Hasenschule が宿題を助けてくれることを期待しているらしく,そういう意味では,私は学校の期待に応えない役立たずであった.しかし,私には宿題の答えが書かれているかどうかなどはどうでもよく,この子が一つでも何か理解できるかが重要と思っていた.ある時,この子は私の教室から抜け出して他の先生に宿題を助けてもらっていたこともあった. この子はもう二年もこんな調子だったそうである.ところが,ここ二三週間の進捗には私は驚いた.先週は私達は三桁の引き算を勉強した.一桁の足し算とは話が違う.802-456 というようなものである.最初彼女は,2 から 6 引くことは``Geht's nicht'' と言ったので,難しいかなと思ったのであるが,彼女は 5 の下に 1 を置いて,12-6は 6 と言ったのだ.私それでは後で困るぞ,と思ってみていた.私は彼女が, 802 - 456 = 800 + 12 - (450 + 6)     ... (1) のように計算しようとしているのだと思ったのだ.これは, 802 - 456 = 790 + 12 - (450 + 6)     ... (2) でなくてはいけない.したがって私は彼女が間違えると考えた.しかし,実は彼女は 802 - 456 = 800 + 12 - (450 + ...

Fast lookup child

L 嬢はなまけ癖があるが,それでも時々結構早く課題をこなしてくる.同じ問題を間違える癖がある.たとえば,3+7 を 12 と答える.しかし,聞けば時間はかかるが正しい答えに到達する.ふと気がついたのだが,このスピードでどうしてこの課題をこんなに早く解くのだろうか.そこで私は彼女の横に座ってどうやって解くのか見ることにした. なんと,彼女は全然計算をしないのだ.彼女は過去にやった問題を次々に探して同じ問題をみつけては答えを写していたのである.それがかなり速い.私よりもずっと速い.道理で同じ問題を間違えるはずである.Bitte nicht angucken! が私が新しく覚えた言葉である.「見てずるをしないこと.」 しかし,彼女のずるの速度はちょっと見物である.これも才能なのかもしれない.この才能を discourage するべきなのか,私にはわからない.でも,計算はできるようになって欲しいので,やっぱり私は今日も Bitte nicht angucken! と彼女に言うのであった.教えるというのは難しい.

0 とプラスの関係

8 歳の T 君が 7 について学んでいる.7 はどんな加算によって作られるかというものである.ここで利用している教材の一つは図 1 にあるような Zahlenhaus というものである.2つの部屋があり,それぞれに何人かがいる.全体で何人が一つの家にいますか? ということで加算というものを考えるものである. Figure 1. Zahlenhaus: 7 = 4 + 3 Figure 2. Zahlenhaus: Questions そこには,  7 = 3 + ?  7 = 4 + ? のような問題(図2)があり,? を埋めるのである.T 君は上記の質問にはまったく問題なく答える. しかし,次の質問がわからないという. 7 = 0 + ? ところで,学ぶ時,何がわからないのかをわかっているというのはとてもやりやすい.私自身,数学の本を読んでいてどこでわからなくなったのかをみつけるのに苦労することがある.そしてわからない部分がわかれば道が見えることが多い.どこがわからないかわからないと,どこまで本を戻ればいいのか見当がつかないからである. さて,Zahlenhaus に戻ろう.左の部屋には誰もいない.右の部屋には何人いる?と尋ねると,2 + 5 人とか3 + 4 人という.私はこれには困った.つまり,T 君は 7 = 0 + 2 + 5 と答えたのである,これは数学的にはまったく正しい.一つの部屋をまとめて数えなくてはいけない理由は特にないし,そういう仮定を明確に言ったわけではない.だいたい最初に 7 はいくつといくつ? というように聞いているのは練習の意味が強い.7 は 7 である.と答えて間違いはない.これはゲームだと思ってもらった方がいいかもしれない. しかし,それぞれの部屋に一つだけ数字を割り当てるという暗黙のルールによって 7 = 0 + 2 + 5 は間違いとされる.Zahlenhaus には部屋が 3つないからである.もし,Zahlenhaus に部屋が 3つあれば,これは正しくなる.しかし,ある計算が部屋の数で間違いだったり正しかったりするのは逆に混乱するのではないだろうか? 私はよくチャールズ・ドジソン(ペンネーム: ルイス・キャロル)の本「鏡の国のアリ...

何々に「等しい」と言ってもらえる?

まず子供にお願いしているのは, Kannst du ,,gleich'' sagen? (何々に「等しい」と言ってもらえるかな?) である.これは,  Eins plus zwei ist drei.  (一足す二は三.) と言う子供が多いからである.もちろんわかっていれば問題ないのだが,この言い方では 1 + 2 = 3 をわかっているのかどうか不明だからである.そこで, Eins plus zwei (ist) gleich drei. (一足す二は三に等しい.) と言うようにお願いしている.でも強制すると子供達は算数が嫌いになってしまう.だから時々お願いするだけである.算数が嫌いになってしまっては正しいも間違いも意味がない. ところで,この違いをどれだけの大人がわかっているのかふと考えてみて同僚に尋ねてみたが,同僚は数学を使って生計をたてているような人達だから皆知っている. 私はこれを次のように説明している.この説明で子供達は納得しているようなのだが,それでも gleich を忘れる子供は多いので確信はない. 7 は 2 + 5 に等しいです. 2 + 5 は 7 に等しいです.これはどちらも正しい. 私は日本人です. でも日本人は私だけではありません. ですから,「私は日本人に等しい.」ではありませんし,「日本人は私に等しい.」でもありません. 私は 160 cm です. でも 160 cm は私ではありません. ですから,「私は160 cm に等しい.」でも「160cm は私に等しい.」ではありません. 等しいものは交換できます. ist (は)と gleich (に等しい)は同じではありません. 今のところ,等しい(gleich)という概念を私は交換できる(austauschbar)というふうに説明している.数やお金,長さではこの説明でもなんとかなるが,二次式(面積など)がでてきたら困ったことになる.実際,(確か)ギリシャでは x * x = x は不可能な計算として考えられていた.なぜなら左辺は正方形の面積を示し,右辺は長さを示すと考えられていたからである.どうしたら面積と長さを交換できるのだろうか? そう考えると等しいという概念を教えるのも難しい.しかし最初のステップとしては...

どうやって子供の学びを助けられるのか

私は数学や計算機を面白いものと思っている.しかし何故それが面白いのかとなると考えてしまう.個々に面白い例は思いつくが,どうしてそれらが面白いのだろうか.子供達は数学をどう考えているのだろうか.もしそれらの一部でも理解できれば,子供達を助けることができるのではないだろうかと考えている.したがって,私はこのクラスで教えるというよりも,子供達がどう考えるかについて学びたいと思っている.人は数学をどう考えているのかを学んでいるようなものである. 人工知能は私の興味を持っているテーマの一つである.したがって,人間の知能というものがどのように発達するのかに私は興味を持っている.子供達は言葉を覚え,数を覚え,論理的な思考を学び,知能を発展させていく.私もその過程を経たはずなのだが,いったいどうやって数というものを学んだのか,いったいどうやって言葉を最初に学んだのか忘れてしまった. そこで子供達に教えてもらおうと思っているのだが,子供達にどう考えているのかを教えてもらうのは簡単ではない.子供達自身にもわかっているのかどうかわからないのかもしれない. 私はまずは子供達が様々な入力にどう反応するかを観察している.あまり良い例えが見当たらないのだが,ある意味,子供が頭の内に持っているモデルのバグをみつけるようなものである.たとえば,特定の入力に対して答えられない子供や,特定のパターンの間違いをする子供というものに出会う.すると私は考える.どのような理解の方法がこのような間違いを生みだすのだろうか? と.これは思ったよりも簡単なことではない.しかしとても面白い.これは私の仮説にすぎないのだが,私自身の理解の方法でもあるので,上手くいって欲しいと思っている.つまり私が教室でやっているのは次のようなループ: 子供を観察する,子供の考えを学ぶ,どんなモデルか考える,教えてみる,教えることに失敗する,再び子供を観察する,の繰り返しである. ここではそういう例をいくつか記録していこうと思う.

Hasenschule の算数お助け人

最近 Hasenschule ( http://www.hasenschule.de/ ) という学校で子供達に算数を教えることを学びはじめた.週に二度から四度,それぞれ一時間のレッスンである.ボランティア活動であり,無給である.(ただし,ときどきお菓子をもらえる.)ここで私が学んだ興味あることを時々 Blog として書いておこうと思う. Hasenschule は端的に言えば,通常の学校の授業にはついていけない子供達に読み書き算数を教える学校の一つである.私は子供達に算数や理科を教えることに興味を持っており,友人の助けを借りて以下のような page を探しているうちにこの学校の活動に興味を持ち,gute-tat を通じて Mathe-Helfer として参加させてもらうことになった.このような活動は Berlin にはいくつもあるので興味ある方は以下の Page から探してみられるのが良いだろう.私の授業はドイツ語であるが,私は正しいドイツ語を話すことができないのが問題である.Hasenschule では 8 歳から 10 歳の子供に読み書きを教えているので,そのコースを取るべきかもしれない. http://www.betterplace.org/ http://www.berlin.de/buergeraktiv/engagement/ehrenamtsnetz/ http://www.gute-tat.de/